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カテゴリ:洋画ーま行 の記事リスト(エントリー順)

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kage

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メランコリア

kage

2012/02/27 (Mon)



巨大惑星メランコリアが地球に接近する中、ジャスティン(キルステン・ダンスト)は盛大な披露宴を催す。姉クレア(シャルロット・ゲンズブール)の夫(キーファー・サザーランド)が所有する豪勢な屋敷での宴は盛況だったが、花嫁のジャスティンはどこか空虚な表情だった。披露宴を取り仕切った姉夫婦はそんな妹を気遣うが……。(シネマトゥデイ)

見ては行けない、見ては行けないと思いつつ、またもや見てしまったこの監督の作品。あいかわらず、やはり好悪は別れるでしょうが、すごい表現力です。冒頭から「トリスタンとイゾルデ」、鳴り響きっぱなしです。特に冒頭は抽象的なスローモーションの映像を、これでもかこれでもかと見せつけられるので、その部分でもう感覚は麻痺してしまいます。これが監督のマジックだとしたら、本当に悪趣味な監督でしょう。

映画は二部構成です。一部は「ジャスティン」。婚礼の日を迎えた「鬱病」の花嫁。周りにいるのは不愉快な人間ばかりです。とんでもない嫌みを言う母親。愛人を娘の結婚式に連れてくる父親。金の話ばかりする姉の夫。仕事を婚礼の日にもさせようとする上司。その役を屈指の名優たちが演じているのですから見応えあります。

しかしながら、それ以上に花嫁役のジャスティンが不愉快な存在なのです。自分の結婚式なのに遅れてくるは、抜け出しては放尿するは、風呂に入るは、挙げ句の果てに会社の同僚と野外セックスするはで、見ているものたちは不愉快さを通りこうしてあきれかえってしまいます。

最終的に会社は首、おまけに新郎は帰ってしまい結婚もパー。なんという映画じゃい!と突っ込みを入れた所で、二部の「クレア」開始。

巨大惑星が頭上に迫っています。今度は姉が不安から頭がおかしくなってきます。反対にジャスティンは浄化された巫女のような姿に変わっていきます。冒頭のパートで描かれていたシーンが意味ありげに繰り返されていきます。

映像は見ているものの不安を更にかき立て、こちらの心までおかしくしそうです。

ある種のパニック映画のはずなのに登場人物は二部に入るとわずか4人。それなのに多くの人間が叫びながら逃げ惑う映画の数倍恐ろしさを感じさせます。

ジャスティンは言います。「人間は汚れているものだから一度無にしなければ。」それはそうだけど、子供まで巻き込むのはどうか?おまけに父親(「24」のジャックだよ!)は、とっとと○○しちゃうし。

最後の終わり方は私は「あり」だと思います。それにしても、またやられました。「アンチクライスト」のような痛い表現が少ないので、私はこちらの映画の方が好みです。でも「好み」と言う所に、人からの痛い視線を感じるような映画です。

ダンストは結構裸ん坊でいるので、ファンの方は必見!(エロ?)それ以上にその表情が、非常にブスに見える時と美しく見える時があります。不思議な女優です。
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ミラノ、愛に生きる

kage

2012/02/22 (Wed)



ロシア人のエンマ(ティルダ・スウィントン)は、富豪のタンクレディ(ピッポ・デルボーノ)と結婚し、イタリアのミラノに渡る。彼女は晴れて上流社会の一員となり、3人の子どもたちにも恵まれ誰もがうらやむ生活を過ごしていた。ある晩、家長である義父(ガブリエル・フェルゼッティ)の誕生日の夕食会が催され、ついに後継者が指名される。

やばい、映画のことを書き続けたら、こんなのばかりになってしまった。またもや映画の話です。映画ブログにはしたくはなかったのに。

かなり見る人を選ぶ映画です。映画の前半部はイタリアの富豪に嫁いでしまったロシア人女性が、妻として嫁として母として、いかにその役割をこなしていくか見せています。

優雅なファッションと磨き抜かれた調度品、そして美食としか言いようのない料理の数々。もう例えようもありません。目の保養、特に女性にとっては素晴らしい場面が続きます。

しかし、その美食を生み出した男との出会いが、自分の感情を押し殺していた彼女に火をつけます。もうここからは女性の素っ裸、そのものが全面に出てきます。

自分のアイデンティティを捨ててまで、富に身を捧げて来た彼女。野性味あふれる男性との出会いは、もう彼女をとめられません。ここまで見せても良いのか?という野原でのセックス。(草や虫がいるので、とてつもなく痒そうです)

彼女はロシア人である事を捨てさせた夫の一族を、生理的に嫌悪していたのでしょう。そこに衝撃的な事件。

その事件により最後のスイッチが入った彼女は、もはやトップモードをまとう美女ではありません。スポーツウエアに身をまとい、贅肉のかけらもないしなやかな体で、屋敷から駆け抜けていきます。

その最後の場面の音楽が素晴らしい、と思ったらジョン・アダムス!爽快この上ありません。

正直言って宣伝文句にあるような、ビスコンティのような雰囲気は全くありません。しかしながら、ティルダ・スウィントンという希有な女優の力をフルに見せた映画で圧倒されます。

退屈な部分も正直ありますが、一人の女性がその力をすべて出し切った、いや捧げた記録として非常に価値のある映画になっていると思います。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

kage

2012/02/21 (Tue)



911の同時多発テロで、大切な父(トム・ハンクス)を亡くした少年オスカー(トーマス・ホーン)。ある日、父の部屋に入ったオスカーは、見たことのない1本の鍵を見つける。その鍵に父からのメッセージが託されているかもしれないと考えたオスカーは、この広いニューヨークで鍵の謎を解くため旅に出る。(シネマトゥデイ)

残された者の喪失感。さほど父親に思いを寄せていなかった私でさえ、父親が死んだ後はある種の喪失感を感じたくらいですから、これほどまでに父親を慕っていた子供の喪失感は想像できません。

遺体さえ発見できない状態。空っぽの棺桶。それを子供は茶番劇と見抜きます。他人の意思で一番大切なものを奪われた少年。この少年に自分の意志で一番大切な者を放棄した初老の男が絡みます。少年の祖父と思われる、マックス・フォン・シドーがまたうまい!

映画は徹底的に少年の目で描かれていきます。大好きだった父親。少年は父親が死んでいくのをリアルタイムで「聞いていた」のです。でも見る事は出来ない。信じる事は出来ない。何か目に見える確かなものを探したい。

結局、彼は目に見える父親の思い出を探す事が出来ませんでした。でも行く先々で出会う人々の姿に、ある種の人間の再生を感じたのは確かなのでしょう。鍵の持ち主とのエピソードではある種のカタルシスさえ感じさせてくれました。

昨年の大震災でも多くの方に心のケアが必要だったように、このテロでも多くの方が心に深い傷を負いました。ヴィン・ラディンが殺害されても、その心の穴は埋める事が出来ないでしょう

この少年は自分なりに「ケリをつけたかった」のでしょう。父親の「死」を受け入れる事が出来ず、未だに心が空中に彷徨っているような状態。ここに「ケリを」つける。

母親との邂逅、そしてブランコでの跳躍、いつしか少年は父親を「思い出」として捉える事が出来るようになったと思います。地味ですがいい映画です。トム・ハンクスやサンドラ・ブロックが上手なのは言う間でもありません。
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